トップ  ミッション   プロフィール  商品紹介 パートナー   ニュース(国内 ニュース(海外)  掲示板  リンク
 連 携 『雲水記』
【はじめに】

1986年(約30年前)、某電気メーカ(東京・本社)の同じ部署で本編主人公・雲水氏と働いていました。私、肥後がタイ工場にオデイオ・テープ生産導入プロジェクト・マネジャーをしていた時、日本側キャッチーとしてご支援・ご協力頂きました。その後、氏はタイに駐在、現地でも公私においてお世話になった戦友です。お互い退職後も、インターネットで繋がっています。本編は氏の人柄、品格を滲ませるエピソード、交流などのお話です。当会のキーワード;海外、仲間、交流、連携にピッタリなので、掲載をお願いしましたら快諾を得ました。

【雲水氏プロフィール】

これは20世紀最後から21世紀初めまでの10年弱を日系某電気メーカー現地法人駐在員としてタイ王国バンコク都で生活した行雲流水氏(以下、雲水氏と略記する)が酒を酌み交わしながら語ってくれたバカマジメ話である。氏は現在はサラリーマン生活を卒業して実家がある日本にいて毎日行く雲、流れる水をながめながらかすみを喰い少々の酒を飲み日本の更なる繁栄と世界の平和を願いながら仙人がごとき生活をしている。自称、自由人・自然処士&風来坊。時々雲隠れして音信不通になるがタイの隠し子(達)に会いに行くらしい。

【行雲流水氏の真面目なバカマジメ話 #127】

我が憑りつき神、南国タイ王国のナーンニモシタクナイ神様、今月は神在月の出雲大社に例年通り出張中で不在でしたが間もなく戻ってくることでしょう。とはいってもナーンニモシタクナイ神様が居ようが居まいが、雲水氏は何を考えるにも何をするにも年々“LAZY”になってきました。

南国と関わり持つうちに雲水氏にとって時間の流れが心地よいものに切り替わったためです。四季のある日本では“時間は引き算”であるのに対し年中暑い南国では人々の“時間は足し算”の人生である。時間はゴムひものようにどんどん伸びるのです。それが心地よくて我がバカ話の話題が“旬”を過ぎてからぼつぼつ取り上げられることになります。 

ミャンマーはモンスーンの真っ只中だった その1

7月のことですが故・クンポー父さんのファミリー3人のおばさんたちと一緒に二泊三日のミャンマー訪問に同行する機会がありました。仏教徒であるファミリーは寺院回りが楽しみです。雲水氏は現役時代、間もなく21世紀になるころに仕事で3度出張したことがあって、当時の軍政下のミャンマーが一応民政に移った現在の雰囲気を確かめたくておばさんたちの後について行きました。

今回のミャンマー訪問はヤンゴンとその周辺の旅でしたが折しも現地はモンスーンシーズンの真っ只中。結構な雨にたたられましたが湿度が高いことはともかく気温が高いことが逆にラッキーでした。何故かというとこの国では寺院に参拝する時にはその“敷地内では”裸足にならねばならず、雨水の溜まった通路を歩いても足が冷えることもなく年寄り冷え性の雲水氏には味方でした。それにしても以前のミャンマー出張時に経験したこと、寺院参拝時の湿った地べたを裸足で歩くという何とも気持ちの悪い、衛生上良くなさそうなトラウマが残っていて、今回は事前にやや引けていたのですが覚悟を決めて実践しました。なにしろ寺院に到着してツアーのバン車内で裸足になって下車、その格好で寺院内を歩き回るのですからね。

ここまで語ってから今回は前置きを含めて支離滅裂にずいぶん長くなってしまったことに気が付きました。今回の表題は「ミャンマーはモンスーンの真っ只中だった」でした。ミャンマー人がこの自然現象に逆らわず自然体で受け入れて生きている様子に触れなければなりません。ヤンゴンで最大の高級ショッピングモールだという“Junction City”に寄ったときに見かけたのが“モンスーン・シーズン・セールス”というセールスキャンペーンのポスターです。なるほど日本なら“タイフーン・シーズン・セールス”そしてアメリカなら“ハリケーン・シーズン・セールス”だななどと妙に納得しつつ3人のおばさんたちが土産物を買う様子を眺めている雲水氏の姿がありました。令和元年(2019年)10月 行雲流水庵(J)にて

【行雲流水氏の真面目なバカマジメ話 #126】

段々と動きが鈍くなって歳とともに根気がなくなっていくのがよくわかる。新聞や書物を読んでいても5分くらいで一休みしたくなる。行動も同様。我が憑りつき神、南国のナーンニモシタクナイ神様はますます元気なようだ。6月から7月にかけての仙人修行時、思い切って庵から飛び出してタイ国最北端、メコン河に面した“黄金の三角地帯”があるチェンライ県に3泊4日、日を改めてミャンマーに2泊3日で出かけた。思い切って出かけたといっても故・クンポー父さんのファミリーの後にくっついて行っただけのことなのだが。

チェンライ県には1年半前に仕事の関係で転居した、故・クンポー父さんの三男の家族が住んでいる。雲水氏にとっては初めてのチェンライ県訪問である。ミャンマーには現役時に仕事で3回行く機会があったが、今回はファミリーがヤンゴンの観光をするというので、軍政から見かけ上、民政に移った現地の今の雰囲気を確かめたく思いついて行った。チェンライもヤンゴンまでもバンコクから1時間ほどのフライトで着いてしまう。・・・・とここまでで、後を続ける気力がなくなりました。日を改めて続編を完成させたいと思います。令和元年(2019年)8月 行雲流水庵(J)にて

【行雲流水氏の真面目なバカマジメ話 #125】

先月中旬から南国に仙人修行に来ています。世話になった故・クンポー父さんの奥様が5月に86歳で亡くなり、その弔問が目的でもあります。脳梗塞で倒れて意識が回復しないまま病院のICUで2週間過ごしたのちファミリーの意向で延命措置を中止、生前の本人(クンメー:お母さま)の意思通り献体されました。以前、本人のIDカードの裏面にある献体の意思表示を見せてもらったことがありましたがファミリーが遺志を引き継いでくれたことでクンメー(お母さま)も満足していることでしょう。

現在はチュラローンコーン大学病院に遺体が保存されています。最長3年間くらいは医学生の実習に供されるとかで遺体返還後の正式な葬儀はまだ先になります。仏教に篤く帰依していたクンメーは時々会う機会があると雲水氏の手相をみてくれるものでした。(クンポー父さんはあっさりした仏教徒でした)もう7月に入ったというのに今回の我がバカ話はやっと令和の話題です。暗くなりかけた今、庵の周りでは日本のセミたちに聞かせてやりたいくらいおしとやかな蝉時雨が聞こえています。長雨模様の今年の梅雨、どうぞ体調を維持して元気に過ごされますように。令和元年(2019年)7月 行雲流水庵にて

ページのトップへ